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更新日:2015.11.11

アゴラ劇場、青年団、徳間書店の特別共同企画となる本連載。第1回のゲストには霊長類学者で京都大学総長の山極寿一氏が登場。「ボスゴリラは父親の役割を演じる」という事実に演劇人として平田オリザは何を思うのか? あらゆる領域の学問から演劇を考察する対談企画。約2時間に及ぶクロストークをほぼノーカットで収録した。

かつては群れをなしたオランウータン

平田 サルの場合だと様式化には至っていない。では、ボノボの場合はどうですか?

山極 ボノボは、同じような行動はあるんですよ。だけど、ボノボのオスはメスより弱いから(笑)。オスが、枝を引きずって走るという行動がありますけど、ただそれだけで遊びのような雰囲気があります。チンパンジーのように興奮しません。フート音もないんです。フート音というのはゴリラとチンパンジー共通なんですが、ボノボはそういう大きな太い声が出せないんです。ボノボはオスが弱くなったためディスプレーが消滅しかかっているのでしょう。

平田 その代わり、平和ですね(笑)。

山極 そのぶん、セクシャルな行動がすごく多い。

平田 どっちがいいかは、また別問題。

山極 まあ、なんとも言えないですね(笑)。

平田 オランウータンはどうですか?

山極 オランウータンは群れを作りません。でも、オランウータンはおそらく、祖先までさかのぼると群れを作っていたと思います。

平田 そうなんですか。

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山極寿一(やまぎわ・じゅいち)

1952年、東京生まれ。京都大学総長。京都大学理学部、同大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。公益財団法人日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大学院理学研究科教授を経て、2014年10月に京都大学総長に就任。1978年よりアフリカ各地でゴリラの野外研究に携わり、類人猿の行動や生態をもとに初期人類の生活を復元し、人類に特有な社会特徴の由来を探っている。主な著書に『家族進化論』(東京大学出版会)、『オトコの進化論』(ちくま新書)、『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル)などがある。

山極 なぜかというと、単独生活者というのは、霊長類ではオスとメスの身体つきがあまり変わらないんです。あまり雌雄差がない。でもオランウータンのオスはメスの2倍ほど大きい。単独生活者としてはこれまでのルールに合わない。昔はオスが1頭でメスが複数という群れを形成していて、それがだんだんアジアの環境状況に合わせていくうえで、群れをなして生活することができなくなってきたのではないか。

平田 では、相当最近になってから単独生活者になったのでしょうか?

山極 ゴリラとオランウータンの共通祖先は、1200万年くらい前までさかのぼることができます。だから、この1000万年くらい前の話じゃないかと思います。

平田 1000万年は、最近の話なんですね。

山極 ヒマラヤ山脈が立ち上がった1000万年くらい前、地球の気候がガラッと変わったんですね。しかも、アジアは数年に一度、果実が得られない時期が出現する。そういう時期に、今まで維持していた社会構造ではやっていけない事態に遭遇したと思いますね。少ない果実を樹上で探すには大きな体と群れを作るのが不利になった。そこで、群れを作ることをやめた。いまだに、オランウータンは集団的な行動を残しています。食物の分配も行ないますし、一時的に小さな集団を作ることもあるんです。おそらく、過去に集団生活をしていたんだと思いますね。

平田 もう一度、ゴリラの話に戻りますが、父親(ボスゴリラ)の分配行動は分かりましたが、では、母親は子どもにエサを分け与えるんですか。

山極 それはあります。母親が子どもにエサを与えるのは、類人猿に限らずかなりのサルで見られる行為なんですね。だけど、大人同士でエサを分配するのは非常に限られた種にしか見られない。

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平田 余談かもしれませんが、ゴリラ社会では、新しいボスがやって来たときに、子殺しということはないんですか?

山極 ありますよ。だから子どもはまず、自分が生まれたときの親を信頼しますね。よそ者からは狙われる可能性がありますからね。

平田 子殺しと餌の分け与えには関係は?

山極 関係ありません。エサを分け与える関係があるからといって、子殺しがないかというと、そうではない。

平田 うーん。やはり他者の要請によって行動するから、子殺しとは別に関係がないと。ここまでの話を伺っていて一番興味があるのは、やはり、どうやって父親になり、そう振る舞えるようになるかというところですね。

山極 仲間の要求ですね。周りは父親のように振る舞うことを期待します。か弱い子どもは、頼ってくるから、オスはその期待に応えようとする。特にゴリラの場合は、母親から父親に育児のバトンタッチが行なわれるわけです。そうなるとメスは子どものことに気をかけなくなる。絶えずオスが子どもの様子を見ている。子どもが叫んだとしたら、すぐに飛んでくるのはオスです。オスが子ゴリラの保護者なんです。だからこそ、オスがいなくなってしまうと、その群れは大変です。子どもは生きていけなくなってしまう。

平田 チンパンジーも父親か、あるいはボスザルが、エサを分け与えるんですよね?

山極 チンパンジーの場合、子育てはほとんど母親の役目なんです。オスは、群れのなかの政治に一生懸命です。オス同士の関係、自分ひとりでは地位を守れないので、味方をつくり、ほかのオスに対抗するということを繰り返していますから、常にオス同士の関係を調整しています。また、メスは乳飲み子のいるときは発情しません。子どもが乳離れをして親から離れてようやく発情します。チンパンジーの発情兆候ははっきりしていますから、オスは発情したメスに対して、食物を分配して、いい関係をつくろうとする。

平田 ゴリラとは異なりますね。

山極 ゴリラは性に関してはストイックなんですが、私が発見した例に、発情したメスとオスのあいだで食物が分配されたことがありました。これはゴリラでは初めて見られたケースでした。

平田 ゲラダヒヒの場合は、進化の過程からするとそんなに進んでいないように思えるのですが。第一、ヒヒですから。

山極 うんうん。

平田 それでも、彼らにはいろいろなコミュニケーションがあると聞きました。これは相当に特殊な例だと考えていいんですか。

山極 ゲラダヒヒの音声コミュニケーションを調べた研究者によると、彼らは非常に複雑な音声を発しているんです。それはディスプレーではなくて、音声を出しながら、お互いの関係を調整している。ゴリラと似ているところは、ゲラダヒヒも地上生活している。ということは、お互いに顔と顔をあわせる機会が多いわけですよ。平面状に広がる大きな群れがある。そういうなかで個体同士がいろんな音声を発して、その音声に応答してくれる相手を探したり、応答の仕方によって関係を調整したり、そういうことを、ゲラダヒヒはやっている可能性がある。だから、ほかの樹上性のサルとはちょっと事情が違うと思いますね。

平田 ゲラダヒヒだけが家族と群れと両方に所属するとも聞いたんですが。

山極 マントヒヒもそうですね。まあ、それを家族と言っていいか僕は疑問ではあるんですけど、小さな群れがたくさん集まって、大きな集団をなす。これは捕食者からの防衛のためです。オス同士が協力しあって、ライオンやハイエナという捕食者に対抗する。それともうひとつ重要なのが、安全な場所というのが絶壁にしかないんです。そういった場所が限られているので、夜はみんなが集まって寝なくちゃならない。そういう条件によって、大きな集団を作らざるを得なかったのが理由ではないかと。

平田 ゴリラはワンメールユニット(一夫多妻)でもそれぞれに相当離れて暮らしていますよね。

山極 そうですね。独立していますから。

平田 別のユニットとはめったに接触しない。

山極 しませんね。ただ、オス同士の関係によってよく出会うこともあります。オス同士が兄弟であるとか、そういう場合くらいでしょうか。

平田 あ、それはあるんですか?

山極 ありますよ。だからそういう場合には融合したりして。お互いに子ども同士が遊んだりしますから。

平田 なるほど、親戚付き合いがあるんですね。

山極 稀なことですけどね。

平田 それはほかの類人猿でもあることなんですか。

山極 ほかの類人猿で言うと、チンパンジーのオスは絶対に群れを出ません。ほかの集団とは血縁関係がありませんから。

平田 チンパンジーは群れですけど、そうすると群れ同士が交わるのは、戦うときだけ?

山極 オス同士が戦うことは頻繁にあります。群れと群れとの戦いですね。結果、傷ついて死んでしまうチンパンジーもいます。

平田 さらに、群れのなかでも戦いはあるんですか?

山極 ありますよ。

平田 たいへんだな。群れのなかでの戦いもあるし、群れと群れとの戦いもある。群れ対群れは戦争ですよね。その場合、どのような戦争になるんですか。昔の騎士のように一対一で戦うのでしょか。

山極 集団で襲うような場合のほうが多いですね。オスたちがテリトリーの周辺をパトロールする。そこでほかの集団のオスを見つけると、殺すということがありますね。その場合特徴的なのは、オスのキンタマを食い破るんです。性的に不能にしてしまうわけです。

平田 それはつまり、食べ物や縄張りの問題というより、メスを取られないための行為ということでしょうか?

山極 その結果、縄張りを占有できるということなのかもしれません。だって、となりの群れのテリトリーを手に入れたら、そこは縄張りになりますから。

平田 で、メスも手に入れる。それはもう本当に原始的な戦争の形ですね。

山極 チンパンジーのメスで一人歩きをしていることはありません。ゴリラのメスもそうです。メスは必ずオスと暮らすのが霊長類の姿。これは哺乳類で考えてみれば変な話です。哺乳類は普通、メスだけのグループを作ります。ゾウもそうだし、シマウマもそうです。集団生活をする霊長類でメスだけのグループを作ったり、単独行動したりするメスはいないんです。

平田 どうしてでしょうか?

山極 それはわからない(笑)。メスが繁殖期にあるかないかにかかわらず、常にオスと一緒にいる。あるいは、オスがメスを離さない。メスをひとりにしておかない社会なんでしょうね。

平田 ゴリラは戦争しないんですか?

山極 オス同士はかなり激しい争いをしますよ。そのときは必ず、メスが移籍するかどうかが問題になる。メスがポンと群れを移ってしまったら戦いは起こらない。メスが選ぶオスを迷っているとき、戦いが起こる。

平田 ゴリラは戦うときも一対一ですもんね。

山極 複数のオスが関わることもありますがね。マウンテンゴリラはひとつの群れに9頭のオスがいたときもありました。でもリーダーはひとり。複数のオスが連携して戦うこともある。

平田 そうなると、厳密に言えばワンメールユニットではない?

山極 そういうフレキシブルな特徴をもっているんです。息子同士が共存することもある。生まれたオスが大きくなっても出ていかずに群れを形成することがありますから。

人間のコミュニケーションは複数類人猿の特徴が混ざっている?

平田 霊長類は、その暮らす環境がゴリラやチンパンジー、ゲラダヒヒなど、それぞれの生態やグループ行動を規定した部分があると思います。では、環境がそれぞれのコミュニケーション能力を特徴付けているとも考えていいのでしょうか?

山極 環境を理由と言ってしまうと齟齬があるんですが。彼らは確かに環境と一体となって、社会というものを進化させてきたわけです。同じ環境だとしても種によって違うやり方があった。食べ物は一番いい例だけど、ゴリラの場合、集団のまとまりを崩さずに、一緒に食べることができた。チンパンジーは集団のまとまりを崩して、個々が思い思いに食べる。でも、全体としての集団のまとまりは維持する。ゴリラはいつも一緒。チンパンジーはバラけたりまとまったりしながら過ごしている。

平田 映像を観ていても、ゴリラはいつも一緒ですね。私たち素人から見ると、そこらへんが人間の家族と似ているように思うんですが。

山極 人間は食べるときになると、まとまるんですよね。そこがちょっと違う(笑)。

平田 マウンテンゴリラはフルーツを食べないわけですけど、あれは標高の高いところにいるからですよね。

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山極 標高3000メートルの山地にはフルーツはありませんから。あるとしても木苺くらいのものでしょう。マウンテンゴリラ以外の低地で暮らすローランドゴリラもいるわけです。おそらく地球規模の寒冷化によって熱帯雨林がバラバラに分断されていき、草原に出て行くか、森林に閉じこもるか、山の上に行くか。方向性の違いによって、いろんな種ができた。チンパンジーは乾燥域に出ました。

平田 完全にサバンナに出てしまったのが人間なんですね。

山極 そのときに、熱帯雨林にいたのかいなかったのかは分からない。化石が残っていませんからね。ただ、サバンナに出て行ったヒト科の類人猿は人間しかいない。

平田 今までのお話を伺っていると、人間には、ゴリラ型、チンパンジー型、ボノボ型といろいろなコミュニケーションが混ざっている気がします。

山極 混ざっているというよりも、共通する部分を人間が持っているということなのかもしれません。ただ、ゴリラもチンパンジーも人間にはないものを発達させているので。

平田 それはなんでしょうか。

山極 チンパンジーだと性を使ったコミュニケーションがあります。チンパンジーのメスのように発達した性皮は人間にはありませんから。ゴリラはあまり性をオモテにしないコミュニケーションですから、人間はゴリラに近いかもしれません。

平田 なんでチンパンジーは性を使ったコミュニケーションをとるようになったのですか?

山極 それは分かりません。ニホンザルでも似た特徴があります。ただ、メスが発情特徴を顕著に見せる種は、複数のオスが乱交的な性交渉を結ぶ種であることが言えますね。それが今、議論になっているところなんだけど、人間はチンパンジー的な性の特徴をいったん持ってから、その特徴を抑えるようにして進化したという説がある。もうひとつは、もともとそういうものはなかったという説。僕は後者の説をとっています。一度乱交的なコミュニケーションの文化を持ってしまうと、元には戻れないと思うから。人間がペアになったのは、そういう特徴をもともと持たなかったからだと思う。最初からペアに近い特徴なんでしょう。

平田 たとえば、ゴリラにあって人間にないコミュニケーションはなんですか?

山極 まず、オスの大きさが全然違いますからね。ゴリラのオスは、何もしなくても力を誇示することができるので、その部分のコミュニケーションが違いますね。人間の場合はそれを際立たせるために相当の飾りをつけなくてはならないわけです。

平田 そこで、ゴリラは父親になると明らかに役割を演じるという、最初からお聞きしたことにつながるのですが、それを今日の文脈でいうと「期待に応える」ということだと思うんです。ただ、それでも、演じ分けることはないとも聞きました。父親を演じたり、夫を演じたりという。

山極 というと?

平田 妻に対する態度と、子どもに対する態度は、普通我々人間は違いますよね。京大総長の山極さんと、自宅で奥さんと接する山極さんは違うはずなんです。

山極 はい、違います(笑)。

平田 ゴリラは、立場による使い分けをするのかどうか。

山極 それはないと思いますね。というのも、ゴリラは非常に一元的な集団で暮らしていますからね。常に仲間が見える場所にいますので、相手によって態度を変えることに意味がないでしょう。それは、やっぱり、複数の組織があって、相手によって態度を変えることにメリットがあるような、複雑な社会になっていて初めて、演じ分けるという必要が生じてくるのだと思います。

平田 やはり、複雑な社会が、演じ分けるという高度なコミュニケーション能力を要求するわけですね。

(つづく)